KojimaDaigo BLOG

日常絵話 NichijoKaiwa

五つの芸術

 大相撲七月名古屋場所五日目に33連勝中の横綱白鵬を小手投げで裏返して金星を挙げた幕内力士の宝富士(たからふじ)をご存知でしょうか。

 今場所は絶好調で、きのうは負けたものの九日目にして7勝2敗の勝ち越し目前。あと六日間もあるからこの調子なら、勝ち越しどころか二桁も期待できる。

 以前は1勝7敗からの7連勝で千秋楽で勝ち越しを決めることもあり、「何か面白い力士」としてこの数年見守っていました。

 いつからか私は相撲の見方が変わって、応援する力士が勝っても負けても楽しいのです。たとえ今場所この宝富士関がこのまま六連敗して7勝8敗で負け越したとしても、不思議とあまりガッカリしないと思う。ヤッテクレタと思うのと同時にまた来場所が楽しみだと、きっと思える。十両に落ちた富士東も同じように応援中。二人とも見た目がいかにも「オスモウさん」という感じで気に入っている。二人共まだ二十代。

 以前は顔つきの良さで豪栄道を第一に応援していたが、大関昇進あたりから相撲がつまらなくなって距離感が出来てしまった。…


 今回、これ一体何の話をしているかというと、相撲を「見せ物」として楽しんでいるという話をしたいのです。勝つ時も負ける時も、堂々と豪快に、思い切った技と力を出し切った「勝負」をして欲しい。引き技で全勝して横綱になる位なら平幕のままで豪快に勝ったり負けたりして相撲を続けてもらいたい。 鑑賞して気分のイイ敗北があり、後味の悪い勝利もあることを親方衆も忘れないで欲しい。 もちろん相撲界の存続のためにも勝ちに執着する力士は必要なのだろうが、私にとって大相撲は芸術関係と同じ。自分の中にある色々な感情を引き出して浄化してくれる「見せ物」として、ハリウッド映画にも負けない、生きた感動をいつも届けてくれるのだ。


 ものすごく基本的なことなんだけど、「芸術」ってものは、五つのカテゴリーがあるように思う。 それは、

❶ 美術、

❷ 文芸、

❸ 音楽、

❹ 演芸・演劇、

❺ ゲームスポーツ。


 これらは全て「無用の用」という点で共通していて、まずその無用性が基本にある。

 例えば建築デザインが好きで芸術的なのも世に多いが、あくまでも応用美術、美術の応用だ。日本の伝統的な着物や陶器の類もそう。感動的なのものさえあるけど、実用性を逸脱しきっていないので、何かしら役に立つ以上、芸術そのものとはいえない。 いや応用芸術はたしかに芸術なんだけど、それを言い出したらキリがないから。

 純粋美術、純粋芸術は、その作品の影に「だから一体何なのだ」という無用性の虚しさみたいなものが必ずあるものだ。

 大相撲もプロ野球も同じで、イチロー選手の安打記録も、音楽のアーティストやお笑い芸人や俳優、美しい女優も、どんなに体を張って、命がけで頑張って本人も胸を張ったところで、社会に数ある問題課題の直接解決に何ら結びつかない。

 例えばこの数十年にもわたる日本の年間三万人の自殺者(毎年日本人の五千人に一人)にとって、また人生の深刻な悩みを抱える人にとっては、イチロー選手の間近に迫った大記録も明石家さんまの爆笑必至のアドリブ話芸も、千住博も、絵画作品一点八千万円の奈良美智も、松井や佐々木が年俸六億五千万で日本のプロ野球史上最高額だと騒いでいる頃に年収十億以上だった日本画家・平山郁夫も、遺産総額八千億円のピカソも、結果的には無意味で無用な「お遊び」であり、何の力にもなれなかった「ゴミ」みたいなものに過ぎない。

 だからたまに人から「芸術とは」なんて話になる度に、あんまりたいそうに言うなよな、と思ってしまう。生きていくのに特に必要ではないし、ある意味どうでもいいものだからこそ楽しみなのかも知れない。


 「美術」は私にとってはマンガも映画も含まれている。花火も美術に入るのだろうな。

 「そんなの『芸術』じゃないよ」と実績を振りかざして北野武がさも大家のようにエラソーに著書の中で書いても、子供の描いたラクガキもヘタクソだって何だって絵は絵なわけで、絵である以上は美術だし、つまりは芸術分野だ。そんなつまらないことで芸術分野を狭めてもらいたくないな。

 逆に、日本人は例えば手塚治虫を今よりもっともっと美術の大家であり巨人だと認識するべきだろう。彼の功績から見ても、戦略とはいえディズニーがいかに子供じみているかを世界は認めなければいかんと思う。そういいながら私もディズニー好きだけど。

 「文芸」という言葉は日本語の固有単語なんだけど、私には「文章芸術」、「文字による芸術」の略語に見えてしょうがない。つまり小説(文字で書かれた物語)、詩や短歌、歌詞なども。

 「音楽」は、美術と同様に芸術だと分かりやすいし世間でも認知されているだろう。

 「演芸・演劇」は、舞台芝居もそうだけど、紙芝居でも能や狂言文楽だって、落語も漫才もパントマイムもモノマネも、「すべらない話」も。そして古今東西のあらゆるダンス・踊りも、とにかく舞台で成立するものはみんな。ちなみにアメリカではアートの授業には美術と音楽のほかに、ダンスとドラマ(演劇)が加わるのだと、カリフォルニア州立大学の先生が言っていた。

 ドキュメンタリー映画は、映画だから音響と融合した映像の「美術」のようだがあれはそもそもが「報道」ってものだろう。もちろん芸術作品とも言える。

 昔「東京裁判」という8時間も掛かるドキュメンタリー映画名古屋駅近くのシネマスコーレという小さな映画館で観たことがあった。 休憩が三回くらいある。 揺さぶられるものは確かにあった。しかしそれ以上に疲れた。

 そして「ゲームスポーツ」。将棋やトランプゲームも含まれる。

 たとえば五郎丸のキックは芸術作品を観ているようだし、大相撲幕内取組の一番五分間というのも、およそ誰も認めないだろうが、結果の分からない一種の芸術作品を鑑賞しているみたいだ。私には応援できる力士がいて良かった。頑張れ宝富士!(つづく)



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